ポーランドの反乱
楽譜のタイトルには、4.Bydlo (Ox.Wagon)オックスワゴンと書いてあります。原画が発見される数年前迄のレコード解説には「ヴィドロ(牛車)曇り空の田舎道を大きな大きな車輪をつけたポーランドの牛車が、ゆっくりと進んでいく」とあります。
ポーランド語辞典を引くと、1)牛に引かせる荷車の事!確かにそう書いてあります。・・・ しかし、この解釈はモチーフとなった絵の発見によりまったく覆されました。

原画:ポーランドの反乱(ハルトマン1860年ポーランドにて〜現在モスクワ郊外のアプランツェボ美術館所蔵)ロシア帝国の圧政に蜂起したポーランド民衆をロシア兵が射殺し吊首する様子を怒りと共に描いたデッサンです。

では何故曲の題は「牛車」なのか・・・
その訳は時! ロシア帝国に反旗を翻したポーランド人に対する共感は、当時の知識人の中ではダブー視されたと言う時代背景にあったのです。

後にムソルグスキーは友人にあてた手紙の中で「ヴィドロ=いまは牛車と言う事にしておこう」っと実に謎めいた一筆を残しています。ヴィドロ=牛車の意味の他に、1800年代初期のポーランド語辞書には、もう一つ意味がありました〜 それはヴィドロ=2)家畜のように虐げられる民・・と言う意味!です。

1)と 2)〜この意味の違いは「音楽的な曲の解釈」にも大きく影響しています。
ラベルはオーケストラ編曲する際の解釈として「曇り空の田舎道を重い荷を背負った牛車が、遠くから近づいて来る」と言う解釈で、曲の出だしを「ピアニシモ」としました。遠くから徐々に近づいて来る牛車の様子を「写実的」に表現したかったのです。

が、原画発見後ヴィドロの出だしは、虐げられた農民の憎しみと怒りをイメージし、力強い「フォルティッシモ」で演奏されることも多くなりました。

ここで、ひとつ曲を思い出して下さい!この曲で延々と続く八分音符のコードは、あのショパンの葬送行進曲のコードそのものなのです。モチーフとなった絵の発見が曲の解釈をも変えた〜実に興味深いエピソードを持つ曲です。